須田祥豊(すだしょうほう)
一八八五(明治十八)年~一九七四(昭和四十九)年。
家業である製陶業に従事し、明治時代末期頃には「祥雲」と称し、茶陶制作を始めるようになりました。裏千家十四世淡々斎宗室より「祥豊」の号を授与されて以後、祥豊と名乗るようになりました。また西本願寺大谷尊由師より「示巧軒」の号を、大徳寺管長円山伝衣師からは「如拙庵」の号を受けています。国焼や高麗の写しを得意としており端正な作風には高い評価を得ています。名品を数多く残し、現代の名工とされています。
作品一例
箱書と陶印
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